老後の生活を考えるとき、年金だけで生活費を賄えるのか気になるところでしょう。老後2000万円問題の計算根拠にもなった総務省の2017年度版家計調査年報の「高齢夫婦無職世帯」のデータでは、毎月の可処分所得から消費支出を差し引いた「不足分」が54,519円でした。この数字を基に、退職後20~30年生きると考えて、1,300万円~2,000万円が不足すると試算されたのが老後2,000万円不足問題でした。

(計算根拠)54,519×12(か月)×20~30 ≒ 1,300~2,000万円

こうしたデータにより、平均的な数値は分かりますが、自分がそれに当てはまるのか疑問に思ってしまい、老後の収支シミュレーションを行う手が止まってしまう方もいるのではないでしょうか。

そこで今回は、総務省が出している家計調査年報から、「平均額」ではなく、退職後の消費支出にどのくらいの変化があったのかの「変化」を探っていきたいと思います。変化率が分かれば、自分の現在の消費支出から退職後の消費支出が導き出せるのではないでしょうか。

調査方法

採用する家計調査年報ですが、最新データを使いたいところなのですが、2020年の調査ではコロナ禍で給付金が支給されたり、行動が制限されたりと、かなりイレギュラーな出来事がありましたので、今回は、コロナ前の2019年版のデータを基に検証を行っていきたいと思います。使用するデータは以下の3つです。

(A) 二人以上の世帯のうち勤労者世帯(世帯主の年齢階級:50~59歳)の支出
⇒50代現役世代

(B) 二人以上の世帯のうち勤労者世帯(世帯主の年齢階級:60~69歳)の支出
⇒主に継続雇用等で定年後も働く60代

(C)   高齢夫婦無職世帯=夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯の支出
⇒年金生活の夫婦

これらを使って、以下を調べていきます。

①60代になっても働き続ける場合、50代と比べて支出はどう変化するか(AとBを比較)
②年金生活になった場合、50代現役世代と比べて支出はどう変化するか(AとCを比較)
③60代で働いていた人が引退して年金生活に入った場合、支出はどう変化するか(BとCを比較)

ただし、家計調査のデータから、「仕事を辞める前」と「辞めた後」を区切って同じ条件で比較するのは困難でしたので、以下の点を割り引いて比較データを見ていただければと思います。

  • 「高齢夫婦無職世帯」には70代以降の高齢者も含まれる⇒費用減少要因(高齢になるほど支出は減少する傾向があるため)
  • 「二人以上の世帯のうち、勤労者世帯」には夫婦以外の世帯員(子供など)も含まれる(世帯人員の平均は50代で16人、60代で2.68人)⇒費用増加要因

では、実際のデータを見ていきましょう。

①60代でも仕事を続ける場合

まずは、完全引退ではなく、継続雇用等で60代以降も働き続ける場合でも支出が減るのかを見てみましょう。収入・支出とも最も多い世代である50代ですが、60代に入ると日常生活費はどのように変化するのでしょうか。

【図1】1世帯当たり1か月間の収入と支出(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)の50代、60代の比較(出所:総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)2019年(令和元年) 家計の概要」

60代以降働き続ける場合でも消費支出が55,901円(約15.4%)減少しています。働き続けているとはいえ、収入は50代よりも減っていますので、支出もそれに合わせて少なくなっているようです。変化率が大きい費目を見ていきましょう。

減った費目

「被服及び履物」
バリバリ営業に出たりする仕事がなくなるのでスーツ等を新調しなくなるのでしょうか。金額的には大きくありませんが、3割近く減っています。

「交通・通信」
上記表にはありませんが、この費目には自動車等関係費も含まれており、交通費・通信費同様減少しています。金額的に大きい項目のため、マイナス寄与度が大きくなっています。年齢的な節目で自動車を手放したり、燃費の良い車に買い替えたりしているのかもしれません。

「教育」
子供の教育費のピークが終わる世代であるため、教育費負担が大幅に減っているのが分かります。

増えた費目

「住居/家具・家事用品」
率はわずかですが、増加しています。退職金を受け取って住宅のリフォームなどを行う方も多いのでしょう。

「保健医療」
やはり医療費は年齢が高くなるに連れて増加していきます。健康に気を付けつつも、「増えるもの」と想定して備えておきましょう。

「その他消費支出」
全体としては減っているのですが、内訳を見ると、仕送り金が大きく減る一方で、交際費が増加しています。実はこの交際費、70代勤労者世帯でもさらに増加しています。お付き合いが減るはずの高齢者なのになぜでしょうか?答えは「子供や孫への金品の贈与」です。かわいい孫のため、と財布が緩みがちな項目ですが、子育て世代の教育費と同様、「聖域」扱いして支出を膨らませないよう要注意です。

②現役世代と引退後の支出の変化

次に、完全に仕事を辞めて年金生活に入ったら現役世代と比べて支出はどう変化するのかを見てみましょう。

【図2】現役世代と年金生活者との1世帯当たり1か月間の支出の変化(出所:総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)2019年(令和元年) 家計の概要」

世帯主が50代の勤労者世帯は、収入・支出とも最も多い世代ですから、年金生活者との差は大きく、消費支出全体では3割も減少します。変化する費目の傾向は、「①60代からも仕事を続ける場合」とほぼ変わらないので、割愛しますが、50代の方が年金生活に入った場合の生活費を試算したい場合「3割くらいは減少する」というイメージを持っていいということです。

③60代退職後の支出の変化

最後に、仕事をしている60代世帯と退職して年金生活をしている高齢夫婦無職世帯との支出の変化を見てみましょう。50代から60代になった段階で同じ勤労者世帯でも支出が減っていることを①で見てきましたが、さらに年金生活に入ることで支出はどう変化するでしょうか?

【図3】60代退職後の1世帯当たり1か月間の支出の変化(出所:総務省統計局「家計調査年報(家計収支編)2019年(令和元年) 家計の概要」

仕事を辞めて年金生活に入るとさらに支出は減り、全体で2割程度減少しています。増えているのは保健医療のみで、教育費や仕送り金などは、60代に入った時点ですでに大きく減っていましたが、年金生活になるとほぼなくなっていることが分かります。その一方で、子供や孫へのプレゼント等が含まれる交際費については、年金生活になってもあまり減っていないようです。

自分の場合で試算してみよう

家計調査年報のデータ比較から以下のことが分かりました。

  • 仕事を続ける場合でも、50代から60代になると支出が約15%減る
  • 50代現役世代と年金生活者を比較すると、支出は約3割減る
  • 60代で働いている場合は、引退したら支出が約2割減る

対象データの問題で数字がぴったり合いませんが、年金生活者として70代以上を含む広い年齢層を比較対象としていることを考慮すると、まず60歳定年を迎えた時点で15%ほど支出が減り、5年ほど継続雇用で働いた後、年金生活に入る段階でさらに15%ほど支出が減る(現役世代からは約30%減少)と考えるのが妥当でしょう。

試算方法

あくまでも平均ですが、目安が分かったところで、次は現在の生活にどれくらいお金がかかっているのかを把握します。1年ほど家計簿をつけてみるのが最も良い方法です。今すぐに知りたい場合は、源泉徴収票や給与明細から手取り年収を確認し、通帳の残高と突き合わせてみれば大体の支出額が分かります。

(計算式)1年前の預金残高+手取り年収-現在の預金残高=1年間の生活費

意外と使っていることに驚かれる方が多いと思います。ここで導き出された1年間の生活費から15%を差し引けば、定年後継続雇用で働く場合の支出が、30%を差し引けば、年金生活になった場合の支出が導き出せるということです。

まとめ

いかがでしたか?老後の支出は現役時代の7掛けと言われることがありますが、その根拠や内訳までご理解いただけたかと思います。ただ、注意してほしいことは、何もしなくても勝手に3割減るわけではないということです。年金生活に入るまでに住宅ローンや教育費は終わらせておく、60代に入ったら大型の車から燃費のいい車に買い替える等のダウンサイジングを心がける、など自助努力も必要です。結局は、収入に見合った支出にしていけば老後の安心は手に入るということではないでしょうか。その上で、引退したらたくさん旅行をして、美味しいものを食べて充実した生活が送りたい、小さく暮らすのは嫌だ!と思われる方は、収入(資産)を増やすことを考えればよいということです。

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