「老後破産」と聞くと、収入が少ない人の話と思われるかもしれませんが、大企業サラリーマンも他人事ではありません。むしろ、大企業のサラリーマンほど直面する老後破産の危機もあります。今回は、大企業サラリーマンを待ち受ける3つの危機についてお話していきたいと思います。現実を早めに知っておくことで、人生後半戦の準備にお役立ていただければと思います。

最初の危機、役職定年

老後の危機は50代から始まります。まず大企業サラリーマンを襲う危機は「役職定年」です。

役職定年とは

役職定年とは、管理職(課長・部長等)などの役職に就いている社員が、ある一定の年齢に達するとその役職を外されるという人事制度です。

3,355社を対象に行われた調査によれば、役職定年制度を導入している企業の割合は28.1%、従業員301人以上の大企業ではさらに多く、35.2%となっています。この比率は企業規模が大きくなるほど高くなる傾向にあり、いわゆる「一流企業」と呼ばれる企業においては、さらに高い確率で役職定年制度が導入されていると思われます。

※独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「資料シリーズ1 調整型キャリア形成の現状と課題 第8章役職定年制度の導入とその仕組み」より

同調査によると、役職定年の対象年齢は平均57.2歳となっており、55歳~60歳までの間に行われることがほとんどのようです。つまり、大企業サラリーマン10人中3~4人は定年退職を前に部長・課長と言った肩書を失い、ヒラ社員になるということです。

役職定年で下がる年収

役職定年により役職手当等がなくなり、ほとんどのケースで収入が減少します。

【図1】役職定年後の年収(出所:公益財団法人 ダイヤ高齢社会研究財団「50代・60代の働き方に関する調査報告書」のデータを元にBIG TREEにて作成)

【図1】のとおり、役職定年前の50~75%まで年収が減少した人が最も多い32.6%、年収が半分以下になった人も約4割程度に上ります。役職定年前に高い役職に就いていた人ほど落ち込みが大きいのでしょう。とはいえ、まだ同じ会社に勤めているわけですから、急に生活が変わるわけではありません。また、教育費のピークを迎えている人も多い世代です。そのため、収入が減少しているにもかかわらず、支出は高いままで収支が赤字となり、老後資金を貯めるどころか、定年前に早くも資産の取り崩しが始まる可能性すらあります。それも、現役時代に高い役職につき、高い収入を得ていた人ほどそのリスクが高まるのです。これが1つ目の危機です。

さらなる危機=継続雇用

役職定年のない企業でも、ほぼ確実にやってくるのが、60歳の定年です。現在、高年齢者雇用安定法により65歳までの雇用が確保されることになっていますので、65歳までは働けるので安心、と思っている方も多いでしょう。しかし、多くの大企業で採用されている「65歳までの継続雇用制度」が、役職定年に続く2つ目の危機なのです。

高年齢者雇用確保措置

まず、継続雇用について定めた高年齢者雇用安定法について見ていきましょう。同法により、事業主は、希望者全員が65歳まで働けるよう以下の3つの措置のいずれかを講じることが義務付けられています。

  • 65歳までの定年の引上げ
  • 65歳までの継続雇用制度の導入
  • 定年の廃止

これらを総称して「高年齢者雇用確保措置」と呼ぶわけですが、さて、この3つの中でどの施策が従業員にとって一番有利なのでしょうか。その答えを探る前に、まずは、企業規模別の雇用確保措置の実施状況を見てみましょう。

【図2】企業規模別高年齢者雇用確保措置の状況、企業規模別の比較(出所:独立行政法人労働政策研究・研修機構「高年齢社員や有期契約社員の法改正後の活用状況に関する調査」を元にBIG TREEにて作成)

【図2】は、独立行政法人労働政策研究・研修機構が平成25年に行った民間企業を対象とした調査で、企業規模別に高年齢者雇用確保措置の実施状況を尋ねたものです。調査によると、全体平均に対し、概ね規模が小さいほど「定年の定めの廃止」「65歳以上への定年の引き上げ」の回答割合が高く、規模が大きくなるほど継続雇用制度の導入割合が高くなる傾向が見て取れます。50人未満企業では、4社に1社以上で定年を廃止あるいは65歳以上への定年の引き上げ措置を取っており、継続雇用を採用している企業は7割未満となっています。逆に1000人以上の大企業では、9割超が継続雇用制度を採用しています。

[補足]今回、企業規模別の詳しいデータということで本調査を取り上げましたが、最新の厚生労働省による集計では、「定年の引き上げ」又は「定年制の廃止」を行う企業の割合が全体に増えています。しかし、企業規模が大きくなるほど「継続雇用」の割合が増える傾向に変わりはありません。

 

継続雇用で下がる年収

定年廃止(又は延長)と継続雇用の大きな違いの一つは60歳以降の年収です。継続雇用の場合、退職再雇用により、それまでの年収がリセットされる形になり、年収が下がります。役職定年ですでに下がっていた場合は、さらにそこから下がることになります。

【図3】継続雇用後の給与水準の変化(出所:厚生労働省労働政策審議会職業安定分科会 雇用対策基本問題部会資料「高年齢者の雇用・就業の現状と課題Ⅱ4.高年齢者の継続雇用の現状と課題」

【図3】は、厚生労働省が独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査を元にまとめた継続雇用後の給与水準の変化です。雇用者数1000人以上の大企業では、給与が半分以下になった割合が4割近い一方、49人以下の企業では2割未満の減少にとどまった層が最も多くなっています。表全体からも、企業規模が大きいほど給与の減少幅が大きくなっていることが分かります。元々多くもらっていたということもあるのかもしれませんが、大企業サラリーマンほど変化が大きく、それまでの生活水準を続けていると非常に危険であることが分かるのではないでしょうか。この「収入の大幅な下落」が2つ目の危機です。

継続雇用によるもう一つの危機=モチベーション低下

給与が減ることだけが、継続雇用の問題ではありません。継続雇用により責任のない仕事を与えられたり、これまで部下がたくさんいたのに急に肩書を失って平社員となったり、あるいは、仕事内容は変わらないのに給料が激減するといった目に遭って、モチベーションが低下する人が少なくありません。

【図4】定年退職後の仕事に対するモチベーション(定年直前頃と比べて)(出所:公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団「50代・60代の働き方に関する調査報告書」(2018年7月)データを元にBIG TREEにて作成)

上記調査の結果を見ると、定年の直前と比べてモチベーションが「低い」「やや低い」と答えた人は全体の約半数でした。この数字をさほど高くないと感じる方もいらっしゃるでしょうか。半分はこれまで通り(あるいはそれ以上)のモチベーションで働けているということか、と。しかし、モチベーションの低下は定年以前に始まっている可能性があります。

【図5】役職定年後の仕事に対するモチベーション(出所:公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団「50代・60代の働き方に関する調査報告書」(2018年7月)データを元にBIG TREEにて作成)

こちらは、役職定年経験者に対して行った調査の結果です。役職定年によりモチベーションが下がった人(「やや下がった」「かなり下がった」と答えた人)の割合は、定年後のそれを上回る6割となっています。定年でモチベーションが変わらなかった人の中には、すでにモチベーションが低下していて、そこからは「変わらなかった」という人も含まれているでしょう。

このように考えると、役職定年、定年後の継続雇用を経て年収もモチベーションも下がる中で、「日々の生計維持」のためだけに働いている人も多いのかもしれません。それでも何とか65歳まで仕事を続けられればよいですが、ひどい場合だと現役時代との変化に耐えられず65歳を待たず退職してしまうケースもあります。そうなると老後の資金計画は大きく崩れることになります。このモチベーション低下による予定外の退職が大企業サラリーマンを襲う3つ目の危機というわけです。

中小企業と大企業の違いについて考える

さて、本コラム前半の、高年齢者雇用確保措置のうち、どの施策が従業員にとって一番有利なのかという質問に戻ってみましょう。一概には言えませんが、長く働き続けたい人にとっては「定年の廃止」が最も良い施策と言えるでしょう。なぜなら、通常は定年を機に、それまでの役職や収入が一旦リセットされてしまうことが多いからです。定年そのものがなければ、本人の希望があればずっと仕事を続けることができ、自分が辞めたい時に辞めることができるわけです。また、「65歳以上への定年の引き上げ」も、定年まではそれまで通りの収入・役職で働けるわけですから、稼げる期間が長くなると言えます。

そのような視点で見ると、高年齢社員に優しいのは大企業より中小企業ということになります。それもそのはず、中小企業では優秀な人材の雇用が常に経営課題であり、知識や経験を持った高年齢社員は貴重な戦力です。だから高齢になっても仕事を続けてほしい、そのために仕事内容や給与もそのまま継続、という企業が多いのではないでしょうか。一方、大企業においては、毎年優秀な若者を大量に採用しており、ある一定の年齢に達した社員はポストから外していかないと管理職のポストも足りなくなりますし、いつまでも会社に残られては困るのかもしれません。継続雇用で正社員以外の雇用形態(嘱託・契約社員・パート等)になる割合も大企業の方が高いという調査結果もあります。そもそも65歳までの雇用確保自体、法令で定められているので社会的義務として従っているだけという姿勢の企業もあるようです。長らく会社のために頑張ってきた大企業サラリーマンにとっては、少し寂しい話です。

まとめ

大企業サラリーマンを待ち受ける3つの危機を見てきましたが、いかがでしたか?現役時代の収入が多い大企業サラリーマンだからこその危機とも言えます。また、全ての大企業が同じ対応というわけでもありません。大切なのは、自分の置かれている状況を把握し、早めにキャリア面・資産形成面での人生後半戦の計画を立てて行くことではないでしょうか。

次回は老後破産を回避する方法についてお伝えしていきたいと思います。

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